C.E.75 7 Jan

Scene アーモリー宙域ステーション・ドッキングベイ

ボーディングブリッジの傍にある窓から夜の海──宇宙空間に浮かぶデーベライナーが見える。白銀に濃紺の船体。内装はここから見えなくても知っている。ホワイトリリーを基調に、海の色に近いフォレストグリーンがアクセントカラーだ。内部に入ったことはなかったけれど、いずれ自分が乗る艦だと信じて疑ってもいなかったから、資料は隅々まで目を通し、フロア配置図も頭に入れた。
───それなのに…。
ルナマリアは窓の外を眺めたまま、もう何分もひとりでそうしている。今日この日は、隊長に自分の返事をしなければならない。
年明けの5日、ルナマリアはひとり、ひと気のないラウンジへとキラに呼び出され、選択を迫られた。
艦を降りるか、パイロットを辞めるか、と。

「……見込みのないパイロットを乗せておけるほどの余裕が、この艦にはないんだ」
その日の朝、ヤマト隊に明かされた、隊の特務。
SEED研究のために存在するという異色の艦は、研究材料足りうる者しかパイロットとして必要とされない。それにルナマリアは含まれず、ザフトの各所にいるという“SEEDをもつ者”にその座を明け渡さなければならないのだ、という。
「見込みってなんですか?! そんなこと…そんなもの、どうやって判るんです。い…今はだめでも、いつか──」
「きみにいつかはないんだよ、ルナマリア」
いつも甘い声で「ルナ」と呼んでくれた。硬く厳しくなったキラの声色は、別人のようだった。
「……どうしてそれが…判るんですか」
「………判るんだよ。ごめんね。ルナマリア」
あとから思えば、彼が謝ることではないと感じる。そもそも何に対して謝ったのだろうか。勝手に自分に期待してしまったことを、だろうか。それに応えられなかったことは、誰の責任、なのだろうか。

コーディネイターであれば、いくらか自分の習得可能な能力や体質などを知らされて育つ。ナチュナルや昔の人々は、遺伝子にもつ先天的な病気のリスクまでもその身に抱えたまま、何も知らずに生まれて育つ。
道が違っていた。こうなるとは思ってもいなかった。そういったことに対する耐性をコーディネイターだから持たないなどと、思われないだろうか。
突然にふって湧いて否定された“可能性”というものを、ルナマリアは確かに信じたくはないと感じていた。
「それでもぼくはきみに艦を降りることを“選択”してもらいたくない…」
勝手なことを、と思う。今日この日まで巻き込んでおいて今更突き放そうかという人間に、下手な同情は逆にプライドが傷つくのだということをこの人は知らないのだろうか。
キラは座っていたソファから立ち上がって、呆然と立ち尽くすルナマリアの正面まで歩いてきた。
「きみは近接格闘の成績、アカデミーのトップだったね…男性を差し置いて」
「…性差を理由に比較されるのは、ごめんでしたから」
「……女性パイロットは少ない。きみの気概はすごく好きだよ」
そんな優しい顔をしていわないで欲しい、とルナマリアは心の中で苦笑した。泣くのを堪えている今でなければ「隊長に口説かれた」と吹聴してまわりたいところだ。
「…それときみは、諜報任務を任されたこともあるよね?」
ルナマリアはぎくりとする。
妹のメイリンにさえ、そんな任務があったことすらもいまだに黙っている。もちろんそれは、職務を全うしているだけのことではあるのだが、彼女のそのときの任務は今目の前にいる彼も関わっていた。
「ぼくは勘はいいほうなんだ。…あのとき頭に血が昇ってて。周りがよく見えてなかったってのもあるけど。でもぼくに気がつかせなかったのは、ちょっとすごいんだよね」
「……あの…何がおっしゃりたいんですか?」
回りくどいキラにルナマリアはほんの少しだけ苛立ちを滲ませた。自分というパイロットはいらないといっておきながら、艦からは降りて欲しくないという。その選択をするな、と。他にどんな道があるというのか。
キラは制服のポケットから一枚のディスクを取り出し、ルナマリアの目の前にかざした。
「──デーベライナーに残ってくれるなら。進宙式までにこれをクリアして。もちろんパイロットを続けたいっていうなら、ぼくはもう引き止めない。ジュール隊が歓迎してくれるはずだ」
ラベルすらもないそのディスクの中身は計り知れなかったが、ルナマリアは受け取った。判らないが、それは彼女自身が納得できるチャンスであるはずなのだ、とキラの眼差しを見て感じたからだった。

ルナマリアはもう一度真空にあるデーベライナーを見つめた。
キラから手渡されたディスクは、パイロットとは別のポジションで力を発揮するための用意だった。
この艦が好きならば、望むなら、艦に残ることはできる。──だが、今までのように自分の機体はない。
アカデミーのパイロットコースをトップエリートのひとりとして卒業してからその日まで、こんな選択を迫られる日がくるとは考えたこともなかった。パイロットではない自分。アカデミーではもちろん始めからパイロット志願で進んできた。天才的なシンやレイの傍にいて影は薄かったかもしれないが、自分もそれなりの戦績は収めてきたはずだ。
それまでの努力も、功績も、まったく関係のないところでの判断を降されて。
何故自分がそれを受け取ってしまったのか、今でもよくは判らない。
考えはまだまとまりきってはいなかったが、ルナマリアの心のなかでは決意が育っていた。
───途中で放り投げるのはごめんだ。
“赤”──パイロットであることにしがみついて、このミッションから外されるのだけは、嫌だ。赤へのこだわりを残すこと。それは自分の可能性をつぶしていることにもなると、ルナマリアははっきりと悟っていた。