C.E.74 15 Dec

Scene オーブ連合首長国・エリカの自宅

────資源衛星コロニー、ヘラクレイオン。
かつてヘリオポリスを構成した衛星に再建されたオーブ領のドーナツ型コロニー。
この日、オーブ連合首長国とプラントの平和条約締結がこのヘラクレイオンでおこなわれた。かくてオペレーション・フューリーに端を発しメサイア攻防戦で雌雄を決した戦争の終端となった。
同時に、コーディネイターとナチュラルの融和、相互理解を主眼にした安全保障と軍事協力を約束する軍事同盟も結成された。それは双方の排斥運動、テロ活動などに対し断固たる態度で臨むことの表明であり、また互いがどちらかへ偏ることのないように互いを監視することも内容に含む。
今後プラントはナチュラルを、オーブはコーディネイターを、積極的に受け入れる環境作りにも一層尽力しなくてはならない。そうしてその先に急増するであろう、ハーフコーディネイターへの対策も必要になってくる。正直な話、課題は山積みだ。
永世中立を翻しながら、オーブは国連の再建も同時に提唱した。プラントも火星も含める本当の意味での国際連合が今こそ必要であると。コーディネイターに傾いて陣営のバランスがなどとしか考えられない国は置いていくといい、世界を再び二分するような国には断固とした態度に臨むと、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハが声高に叫ぶ。
どの国もいえずにいた(いいたくなかった)、この数年の紛争の根源の問題に手を挙げたオーブに、賞賛と非難の声が多く聞かれた。

───そうはいっても。
エリカ・シモンズはとりあえずの喜びに盛りあがるヘラクレイオンの中継を見ながら考えていた。
現在のままで問題の解決はない。平等にはなりえないナチュラルとコーディネイターのあいだで、夢のような相互理解がどこに実現できるというのか。
だが、国家をあげて理想を掲げるのはいい。
───これ以上現実と乖離することにならないのであれば。
エリカはコーディネイターだった。
これはその夫以外に知る者のない事実だ。中立国を名乗るオーブにあってさえ、その差別は依然としてあり、身を守るためにコーディネイターであることを伏せる必要があった。エリカにはまだ、オーブが進む道と自分の現実を、どうすればいいのか判らない。

いつか、プラントからきた若者が話したことを思い出す。

「自分としては、もうコーディネイターは創出することなく、このままナチュラルに溶け込むほうがいいと思ってます。その身体が次の世代を遺せないものに至ったということは、生物としてはやはり不完全なもので、所詮人の手で“造られた”ものだということです。そこに無理を押したところで、得ることなんか、何もない…と…思いたいんです」
メンデル再開発の動きを憂いて、いつか彼はそう切り出したのだった。わずかなネットワークだけで知られた故シーゲル・クラインのナチュラル回帰論に、まさか彼が傾倒しているとは、エリカは想像もしていなかった。
「かつて父がコーディネイターを“新たな種”だと発言したことがあります。進化はそうして得られるものではない。なるべくしてなるものなら、何もせず待つことが正しい気がしてならない」
この若者は、そういう自身がコーディネイターであるというのに、まるでブルーコスモス主義者だともなじられそうなことを平気でいっている──。エリカがナチュラルであると信じてのことばだったのだろう。彼と同じコーディネイターにいえることとは、とても思えなかった。そして、そのときエリカは、彼がオーブにとどまる理由の一端を見たような気がした。

「思惑が混沌としているのは、残念ながら戦争がはじまるまえも終わったあとも変わらないことね。先の戦争でも“ロゴスが悪い”と声高に叫んで共通の敵をつくってはみたけど、すめばまたばらばらになってしまった……」
「…世界意思の統一なんて夢物語だ…と、そういうことは簡単です。でも…こういうことをいうと、不審に思われるのかもしれませんが、だれもデュランダルを笑うことなんか、できないんじゃないですか。手段に問題はありましたが、彼が唱えたことにはみなが一度は共感したのですから」

彼も迷っているのだった。決定的なものが得られない世界に。白黒させたがる自分らのような人間には、かなりつらいことだった。
「……彼はこの世界で何ができるのかしらね」
迷いながらもそれでも、彼はまだ諦めることはしていないらしい。確かに、自分のように諦観するにはまだ早いのだから。
「若者に期待しちゃおうかな」
そういってエリカは傍らに座る息子の頭をぐりぐりと撫でた。この子にはハーフコーディネイターとして、この先に試練が待っている。
───自分にもまだ、手を貸すことができるのなら。
それを探すくらいのことは、まだしてもいい、とエリカは思った。