C.E.74 25 Nov

Scene アーモリーワン・アーモリー基地

「……レイから聞いたんです」

シンはキラが当時のベストチューニングで生まれた“最高のコーディネイター”であることを、半分は知っていた。
「デュランダルって遺伝子研究のエラい人だったんでしょ。だからきっと…レイのことも…その関わりで引き取ったんじゃないかって」
休憩時間を呼び出し、アーモリー基地内の公園にアスランとシンはいた。今日の気象コントロールは晴れのち曇りで、今はまだ晴れている。微風が気持ちよい日和だった。
「メサイア攻防戦に出撃するまえのことで。急にそんな話で。あいつもう死ぬ気だったんじゃないかなって、思ったりして」
「…そうか……」
両親をもたずに生まれたレイの養父がデュランダルだったということを、シンは戦後まで知らなかった。
もともと口数が少なく、なかでも自分自身のことについては語ることのなかった彼が初めて明かした事実は、まるで作りごとのように遠い話に聞こえ、信じるとか信じないとかそう考える以前に、理解ができなかった、という。
「ただ。気持ちっていうか。あいつの本当の心をやっと話してもらったんだと思って。なんで急にって思ったら、もう長く生きられないとかいって。……遺言だって、思うでしょ。やっぱり」
そう演出をして枷になろうとしたのだ、という自分の勝手な考えをアスランはいわずにおいた。だがシンは「あいつの本当の心なんて、ホントはぜんぜん判っちゃいないんだけど」と、意味があるようにつけ加えた。

もうひとりのことも教えてください、とシンに請われて、アスランはラウ・ル・クルーゼの話をした。
レイとは遺伝子のうえで同一人物だった男。彼は生まれたこと自体に憎しみを覚え、世界と一緒に滅びることを望んだ。それもあとからキラやムウから聞いたことで、ごく傍にいたはずのアスランは何も知らない…気がつかないでいたことだったが。
「気がつくわけないじゃないすか」
シンはあっさりとそんなアスランを肯定した。
「どう生まれたのかとか、関係ないじゃん。なんでそんなことするのかっていったら、おれにだって理解できない。これっぽっちも」
「………………」
「壊すまえに変えてけばいいことなのに。それでも友達や仲間が…自分も。無駄に死んじゃったりする世界とか、すぐには変えられなくて悔しくなるけど。諦めないことはできるし」
それを実践するために彼が入隊した経緯は知っている。感情の変化はあったかもしれないが、シンはそのために今もザフトにとどまっている。そしてさらなるゆく先には、キラに力を貸すつもりがある、ともいってくれた。
「おれが後悔すんのは、レイにそういえなかったこと。もっと早く、ちゃんとあいつのこと考えればよかったって。…そう思って…それだけが…」
いつになく饒舌だったシンは、そこだけ俯き加減に、つぶやくようにいった。後悔などしなくてもいいといってやりたいが、今そんなことばをシンは望んでおらず、また彼は後悔したいのかもしれなかった。
生き残った自分に罪を感じるのは戦場を駆ける者であれば必ず経験することだけれど、それは人として生きていくために必要な感情なのだ。

時間だ、といってシンは座っていたベンチから立ち上がった。
「レイとその…ラウって人。同じなんかじゃないんでしょ。遺伝子がおんなじでも」
「……声は…いわれてみれば似てた気がする。顔も似ていたかもしれないが、判らない。…それだけだ」
「……そすか…」
素っ気なくいって先に歩き出す。
公園の端までそのまま黙って歩き続けるが、近くまで追いついたアスランの気配を察したようにシンは突然振り返った。
「デーベライナー出航したら、心配なんでしょ…あなたは」
図星をさされて、アスランは小さく笑った。キラのことを話すつもりで、それなりの覚悟も決めてきたというのに、彼は事実をさらりと受け止めただけで、あとは何故かレイの話になっていた。
シンに頼んだのは間違いではなかった、とアスランは思う。本当はいつでも自分自身の手でキラを護りたい。そうできずに、他人に頼むことがどれほど嫌で屈辱的だったか。なかば頼む相手に怒りながら「キラを護って欲しい」と頼んだ。その理不尽な空気まで読んだだろうか。

「おれ、けっこう隊長のことは気に入ってるから。おれがちゃんと護ります。頼まれたから、とかそんなんじゃなくて。ちゃんと」

アスランを驚かせようという気持ちなど、なかっただろう。
むしろ安心させようとしてそういったのだとは判る。しかし、思わずアスランの足は、止まった。
「それ、いっときたかっただけですから。だから聞きたかったんです、隊長のこと。…教えてくれて、ありがとうございます」
凝然とするアスランをかまわず置いたまま、シンは先へ進んだ。空は予報のとおり、曇りだしたところだった。