C.E.74 5 Nov

Scene L5軍事ステーション・ボルテール

ヤマト隊は軍事ステーションへ移動すると、ドッキングベイに碇泊するボルテールへと乗艦した。アーモリーへの帰りはジュール隊に護送される。何でもラクス・クラインがデーベライナーを視察するとかで、ついでにどうぞというわけだ。
実際、L4とL5の移動距離は莫迦にならないので、便乗というものは多い。今回キラについてきたのは隊のうち数名のみだから、わざわざ艦をひとつ動かすほどのことではない。今日ラクスの移動予定がなければ、もしかしたらもう数日、アプリリウスにとどまることになっていたかもしれない。

「ラクスッ」
「キラ!」

一ヶ月ほどまえの隊長の就任日にも見た光景だった。ふたりの男女は周りはばかることなくひしと抱き合った。
「ありがとう、ラクス。アーモリーには早くもどりたかったんだ。きみの予定がなかったらぼく…」
「いいえ、キラ。ジュール隊長が、そういえばデーベライナーをまだ見にいってないですね、と進言してくださったのですわ」
「イザークが?」
キラが、ラクスの後方にいるイザークに目を向けると、彼はその視線をふいと背けた。となりにいるディアッカがにやにやとそれを見守る。
そのあいだ、彼と彼女は抱き合う腕はすぐに解いたものの、向かい合って立ったまま、その双手は双手ともに繋ぎあったままになっていた。
シンは胡乱な目でそれを見つめていた。なんとなくそうかなとはずっと思ってはいたが、これは間違いなく───。
「やっぱりうちの隊長に婚約者とられたって図よね、あれ」
右に立つルナマリアがこっそりとささやきかけてくる。以前オーブでアスラン本人の口から、婚約は解消したと聞いていたが、その原因が目の前にあったとは思っていなかった。
───めちゃくちゃだな。よくつきあってるなこのひとと。アスランは。
どこをとってもキラとアスランの反りが合っているようには思えない。それでも仲はいいようで、キラは昨日も一昨日も夜は宿舎へもどらず、アスランのいるホテルに泊まると連絡があった。久々に会った戦友につもる話でもあったのだろう。
それにしても、目前のいちゃいちゃカップルに、“あの”イザークが何も苦言を呈さないことが、シンには不思議でならなかった。相手がラクスであろうと「少しは慎め!」という一喝のもと、あの繋いだままの手を離させるくらいのことはしようものなのに。
実際のところは、イザークもディアッカもふたりが恋人関係ではないことを知っているために、その様子を微笑ましく受け止めているという事実があった。彼らの睦まじさは“同志”を思う心の表れだと知れば、めくじらをたてて怒ることではない。
そんな事情を知らぬヤマト隊、ジュール隊のパイロット、その他諸々兵士らは、移動中の艦内の風紀などが少々気になって、夜は眠れないかもしれなかった。

ボルテールは刻限どおりに航行を開始し、アーモリー到着まで何事もなければヤマト隊には退屈な一日半となる。シンは一応アスランとの約束を守るために、艦内護衛としてキラにつくと進言した。「ふーん、いいよ」と冷たくいい放たれてしまうのは、シンがアスランから“お目付”を申しつかってると思われているからだ。
「でもちょうどいいや。シン、次のミーティング同席して。その代わり、発言、質問、一切なし。いいね?」
次といえば、キラ、ラクス、イザーク、ディアッカの“えらい人たち”だけのミーティングのことではないだろうか。それに出ろとは嫌がらせなのか、とシンは疑った。

ブリーフィングルームのモニターにデーベライナーとバッシュの設計図が映し出されている。
キラはさきほどから国防委員会で報告した事項を交えて、デーベライナーの説明などをしている。どうもそれは“戦艦”としての機能──要するに火力などの装備のことではなく、どうもデータ集積だの解析だのと、毛色の違った話が中心になっているようだ。
ここまで聞いている限り、件の艦には戦闘時のデータ収集と分析に重きが置かれている、という様子だった。途中、会話のなかでディアッカがはっきりと、「戦う研究所」と揶揄した。
───特務ってこれか…。
しかし、ただ戦闘のデータというわけでもなさそうだ。彼らは何度も「シード」という単語を口にのぼらせ、それが主題であるように思われた。
「設計構想はこれで国防委員会の承認が全部通りましたから、あとはもう完成まで走るだけです。もどったらすぐ、バッシュについては実稼働テストに入って、そのあとはデーベライナーとのデータリンケージの開発が厄介なくらいで……MSのレコーダーではなくリアルタイムが条件なんで、仕方ないんですけど」
キラの説明に何故かその場の全員がちらりとシンを見た。
「まぁそれは、こいつにかかってるな…」
───え? なに??
イザークのぼそりとしたつぶやきは聞き逃せないものだった。しかし発言は許可されていないので、ここは黙って聞いているしかない。
「それでこのあとの仕上げはね。“ファクトリー”の手を借りたいんだけど、いいかな」
キラのお願いに、ラクスは笑顔で「もちろんですわ」と応えた。
ファクトリーは、あのストライクフリーダム、インフィニットジャスティスを手がけた技術者集団だ。彼らの手を借りるとなれば、機体の完成度はかなりのものとなるに違いない。が、実際のところ、ラクスのプラント帰還とともにファクトリーの三分の一はプラントへもどり、アーモリーで職務に就いている。それを思えば彼らの技術力はすでにバッシュに活かされているはずだが、ここであえて「ファクトリーに」、というのは理由がある。
───つまり、ザフトに公開しないブラックボックスをつくるということだ。
「もちろんオーブにもわたさない。技術データの均等なシェアが条件だから、見せない情報も平等にしないと」
さらりと告げられたキラのことばに、シンはまずい場所に居合わせたと思った。
なにやら、二国を相手に共謀でもするつもりかというような会話に聞こえたからだ。
「シン、なにその顔」
キラがシンの動揺にすぐ気がついた。
「今の話が気になるの? オーブもプラントも了解してるプロジェクトだから、大丈夫だよ?」
にこにこという擬音が本当に音をたてて聞こえそうな笑顔でキラがいう。キラの笑顔は怪しさにあふれているが、他の面子を思えばそれは真実かもしれない。少なくともイザークとディアッカについては、彼らの国への忠義心について疑うところはない。
「だいたいねぇ。戦艦の視察になんでラクスがいくのって考えてよね?」
確かに彼女は平和貢献に生きる国際大使なのだ。ただの戦艦に用事などあるわけがない。
「─────」
つい口を開きかけたシンに「だめっていったでしょ」といってキラが制した。
「アーモリーにつくまえに、きみにはちゃんと説明するね。どうせもう、逃げられないし」
「は…?」
「しーっ。…それでラクス、次の予定なんだけどね。実稼働データはいつ頃までに揃えばいいか、ファクトリーに確認してもらいたいんだけど…」
聞き捨てならないことをいいかけたキラは、思わず声が漏れたシンを押しのけて話の続きをはじめた。

ストライクフリーダムの開発経緯について、シンはよくは知らない。
ただ、キラの戦闘記録を元に彼が搭乗することを前提とした設計とチューニングがおこなわれているとだけ。
「デスティニーもきみには良機だったみたいだけど。ぼくならもっといいものをつくれるよ」
ブリーフィングルームを出て充てがわれた艦室へもどる途中、キラはいつになく静かな微笑みでそういった。
デスティニーも同様に開発され受領したものだった。実際その操作性はシンによく合っていたし、インパルスと比べても、“手足のように動く”という表現がとてもしっくりとした。彼は、それ以上のものをつくる、というのだろうか。
バッシュの設計構想はキラが手がけているのだという。さらにオペレーションシステムは実際にキラが組み立てているとも。今、シンを見ているのは心からの自信がある瞳だ。
「……でも、シンは嫌かな。ぼくがつくるものなんて」
前方へ視線を逸らしてから、キラはそうつぶやいた。返事を期待した問いではないような気がして、シンは押し黙ったままにする。それに、咄嗟にはどう答えていいのかが判らなかった。

キラの技術者としての能力は、シンも素直に認めている。このひと月、彼はアーモリーで専門の工員に任せきりにすることなく自分自身も開発にたずさわり、それどころかアイデアが豊富で、独自のカスタマイズで次々と工期を繰り上げ、機能の向上も加えた。
工学カレッジに通っていたと聞いているので、もともとは技術者を目指したりしていたのだろう。戦争には「巻き込まれて」とのことで、軍人になったのも「状況としてそうなった」のだという。
しかし、そうした状況になってその能力をたまたま開花させたにしても、彼には確かに元からの“特別”を思わせる何かがある。
一度、デーベライナーの機関開発でトラブルがあったとき、彼の処理スピードを目のあたりにしたことがある。何パターンもの要因からトラブルの原因を手探りするような作業であったのに、キーボードを抱えたあとは手は一瞬も止まらず、数分のあいだに数十のシミュレーションをつくって走らせ、原因をすぐに特定させた。どんなに慣れて優秀な技術者でも、処理オブジェクトをひとつ作り出すあいだ思考で何度か手は止まる。おそらく、計算能力が異様に高いのだろう。さらには、身体能力のほうも。
何度か対戦した相手だからこそ、判る。反応速度の高さに、何度も翻弄された。それは機体性能に頼るにしても限界のある部分だ。本人の反射神経がよくなければ、フリーダムのあの動きは、ない。
シンは、キラの出生自体に“何か”があることも知っている。それが何かはまったく判らなかったが。だが、彼のために創られたという友が、それを教えてくれたのだ。
「…べつに…あなたがつくるものは、嫌いじゃないですよ」
シンも返事を期待せずに、独りごとのようにつぶやく。キラがゆっくりと振り向き、シンを見つめた。
シン自身、何がいいたいのかよく判らなかった。ただ、彼がいなければ、彼がその能力を持つべく生まれなかったら、あの大切だった友人とは会えなかっただろう、ということ。ただそれだけは、いつか感謝をしたいといつも思っていたから。
キラはふいに無重力の通路に流す身体を止め、シンの右肩を押さえることで彼もそこに留めた。
「…きみがぼくの隊にいるってことは、きみはぼくに力を貸してくれるってことだよね」
「……あたりまえでしょ。それが仕事なんすから」
キラはまた少し、にこりと微笑んだ。
「それならぼくは、ぼくに力をくれるきみたちを守る」
これもあたりまえの取り引きでしょ、と続けた。達観したような、打算的なような、もののいい方だった。だが、それは人が愛情を分けあうことの真理も含まれている。キラはそのことば通りのことをいってはいない、とシンには伝わった。
「だからバッシュはぼくに任せて。パイロットの命を最後に護るのはね、やっぱり機体なんだ」
だいたいの予想はつく。いつか自分が墜としたフリーダムから彼が生還しているのは、その機体がパイロットを護るための機構を強くしていたからだ。そして軍が開発するものといえば、搭乗者の命よりその戦力、攻撃力を優先する。威力を活かすために、コックピットの設計がなおざりになることは、よくあることだった。
キラはそれを損ねることなく、ザフトが要求する機能、性能を盛り込みつくりあげる自信があるということなのだろう。そして、彼ならばそれはできるのだ。
自分はこの人に守られている。それが取り引きだというなら、それでもいい。
「その提案、乗ってもいいです。でも、いいんですか。おれは“大変”ですよ」
「うん。ぼくは、きみがいいな」
求められることに、シンは弱い。シンは目の前の、どこか頼りなげな上官を見ながら亡くした“ふたりの妹”の面影を重ねていた。
そのキラは一度静かに瞼を閉じ、そして二藍色の瞳を現した。得体の知れない決意を宿して。