C.E.74 3 Sep

Scene オーブ軍本部・本部棟応接室

「だめ、キラ。やり直し」
向けられたスチルカメラのレンズをじっと見て、キラは深くため息を吐いた。さきほどから繰り返されるミリアリアのダメ出しに、となりに座るアスランへ助けを求める視線を送ってみるが、これは仕方ないだろうといいたげに首をふっている。
彼女がいうには、表情がどうも緊張していていつものキラとちょっと違う、とのことだ。長くつきあってきた彼女が気がつく程度の、「ちょっと違う」くらいだったらどうでもいいのじゃないかと思うが、彼女なりにプロとしてのこだわりがあるらしい。
オーブ軍の広報局に務める彼女は、その職務のひとつとして軍内広報誌の記者をやっていた。写真撮影の腕もさることながら記事も書ける彼女の存在はなかなかに貴重なのだと聞く。実際、高官フロアでカメラを抱えて走る姿をよく見かけるし、キラやアスランのところへ取材にくるのもこれが初めてのことではなかった。
「もういいわ。じゃあ先にインタビューさせて。話をしてるうちに、緊張も解けるかもしれないでしょ」
その言にキラはどうかな、と思う。今まで受けた取材は、自分の仕事の“ながら”で彼女と軽口をかわしつつコメントを落とす程度のもので、このように部屋のソファにちんまりと座っての対面インタビューなど初めてのことだった。おまけに、“音声”に録るという。
「アスランは写真、もういいけど。さすがに慣れてるのね」
ミリアリアはここまで撮り終えたカメラのデータを確認しながらいった。アスランは確かに慣れているのかもしれない。キラにはぴんとこないが、彼はプラントではずっと有名人であり続けていたのだから。いや、それ以前に性格的なものも、あるのかもしれないが。
「………………」
どぎまぎとしているキラを彼は彼で理解の外としているのか、アスランはしれっとした顔でソファにくつろいでいた。たかが写真じゃないか、とでも思っているのだろう。
「きみって厭味だよね、ほんと」
キラは照れくささの八つ当たりにそんなことをアスランにいった。
「……おれは何もいってないだろ」
「顔に書いてある」
「はいはい、けんかしないで。時間少ないんだから、そんなの取材が終わってからにして」
准将をふたり相手にミリアリアはしっかりと仕切り屋さんになっている。学生時代から比べると、彼女は本当にたくましくなったものだ。

今日の取材の内容はプラントと交わす軍事同盟のことや、来年から向こうで仕事を開始する面子の、いわゆる今後に向けた抱負というものだ。キラは一足早く来月プラント入りをする。アスランたち他の外交官も、事前調整のため11月に発ってしまうので、来年のことを今の9月にというのは先取りし過ぎた話でもなかった。
キラとアスランのふたり──とくにキラは、公にしていない特別の事情、特別の立場をさまざまに抱えているわけだが、実をいえばミリアリアにはあらかたのことは話していて、キラがザフトでSEEDの研究をすることや、SEED研究開発機構の設立に深く関わっていることなども知っている。それらはオーブ軍内でも多くの人間にまだ伏せられている事項だったので、「プラントへ行って何をするのか?」といった質問など、キラにはどう答えていいものやら判らない。インタビューの相手がミリアリアだからこそうっかりした話の融通はきかせてくれるものの、そういった細かい事情に配慮することに慣れず、キラの口は重かった。
もっとも、そんなことはすでにミリアリアに見抜かれていて、キラが返答に詰まるような質問は避け、避けきれないものはアスランにふった。アスランは深く突かれた質問にも“嘘をいわずに”流すことをして、やはり顔色のひとつも変えることがなかった。ほとんど録り直しをすることなくインタビューは進められた。
「───ありがとうございました。もうけっこうですわ。准将方」
質問用のリストをチェックしながら、ミリアリアが丁寧に告げる。レコーダーを止めると、いつもの明るい笑顔をキラとアスランに向けて、「お疲れさま!」といった。
「あ…、あと写真……だよね」
「なぁに。まだだめ?」
キラの沈んだ声音に仕方ないといいながら、ミリアリアはちらりと時計を見た。
「少し時間も残ってるし…。キラ、アスランとくだらない話でもしてなさいよ。緊張しないような内容で」
最後のひとことはアスランに顔を向けていった。急に課題を渡されてアスランは一瞬ぽかんとする。
「ミリアリア、そんなことふったら、今度はアスランが緊張するってば」
それもそうね、とミリアリアが高笑いをする。つられてキラも笑った。たったのひとことでからかいのネタにされたのだと気がついたアスランは、ひとり憮然とした顔をした。

「答えにくい質問が多くてわるかったわね。取材の内容まで任せてもらえなかったから…」
緊張の緩んだキラにフレームを合わせながら、ミリアリアはアスランに話しかける。キラは自然とアスランに視線を移し、さっきのようにカメラを気にしなくなった。
「いや、問題ない。…きみがきてくれて助かった。何しろキラがこの通りだから」
今度はキラがむくれる番だった。ミリアリアは、とても広報誌に載せられないこの表情も含めて、キラの笑顔をいくつもカメラに収めた。こんなにほがらかでやわらいだ顔は学生だったとき以来ずっと見ることがなかった。戦争の緊張も消え去り、自閉していた頃のぎくしゃくとした微笑みのかけらもなく、心から和んで笑っている。
むしろ今のほうが、抱えているものは大きいだろうと思うのに。
ときおり剛胆なことをしでかす親友が今度は何をしようとしているのかなど、彼女には本当の意味では理解できていない。どんどん遠くへ、先へ行ってしまうということだけは知っていて、とにかくその背中から目を離すまいとは心に誓っているのだが。
ただ、彼はひとりで行こうとしているわけではない。今も横にいるアスラン・ザラが、キラの傍にいて支えてくれるのだろう。ひとりずつでは心配でも、ふたりが一緒であれば「まぁいいか」と任せる気持ちに、少しは思うことができた。

しかしこの場ではどうだろうか。流れるままキラとアスランに会話を任せていたが、どうもさきほどから少し不穏な空気になりつつあった。
「キラ、子供みたいよ。仕方ないじゃないの」
彼女としては親しいほうの友人を嗜める口調で割り込むしかない。キラはどうやら家にとんと帰らないアスランを非難したいようだった。
「家だって近いのに。官舎の仮眠室まで歩いていくのと、何分も違わない」
なのにアスランは、とぶつぶついっている。アスランがこの数ヶ月、もしや来月も、プラントとの条約や同盟のために忙殺されているのはミリアリアも知っていた。今日の取材も調整はかなり困難だったのだ。
「連日深夜に帰ったりしたらアスランだって家の人に気を遣うでしょうに」
そのひとことにキラは、「そうかもしれないけど」とつぶやくようにいいながら手元の制帽をぐしぐしといじりはじめた。アスランはといえばそんなキラをただ困ったものを見る視線で黙っているだけだ。これではまったく、仕事ばかりする夫を責める新妻の姿だ。
オーブへ落ちついてから半年ほどのこのふたりはまったくどうだろうと思わせるほどに仲がいい。確かに以前から仲はよかったのだろうが、いくらかの薄い壁も見えていたように思う。新婚の惚気にあてられるのはムウとマリューだけで充分だというのに、と思った自分の想像にはっとして、ミリアリアはもう堪えきれずに大爆笑をしてしまった。
ひとりで突然大笑いを始めたミリアリアを凝視してキラとアスランは固まっている。
「あはは、ご、ごめん! ……ねぇ、キラ、でもしょうがないって判ってるんでしょ? 家の中で悪者にしたいんじゃないんだったら、アスランを助けてあげなさいよ」
キラは一瞬目を丸くして眉尻を下げた。ようやく、わがままをいって彼を困らせていると判っただろうか。
「そんな、悪者なんて……。そんなんじゃないよ、アスラン」
「判ってる」
そういって交わしている視線も甘ったるいことこのうえない。真実を素直に映すフレームを通さなくても、彼らが思い合っていることはミリアリアには見えている。ブラックに淹れられたコーヒーに手をつけることなく、ミリアリアはカメラを抱えて立ちあがり「甘くておいしかったです。ごちそうさま!」とその部屋を後にした。