C.E.74 2 Jul

Scene オーブ軍本部・キラの執務室

話があるから、といわれてキラはアスランと自分の執務室へ向かった。
キラも正式な辞令を受けてから、アスランと同じ本部にある高官用フロアに移動している。だが自室はほぼ荷物置き場と化し、一日の大半は工廠の開発室や格納庫などで過ごすことが多かった。この頃は部屋にもどることさえ億劫になりつつある。アスランも自室にはほとんどいないので、同意をもとめてそれを告げれば、「贅沢をいうな」と小突かれた。
アスランは今日も朝から内閣府官邸にいっていたはずで、政府の人間たちと会議続きのスケジュールがはいっているのをキラは見ていた。あらためて話といわれれば、その中で何か自分にもかかわることがあったのだろうかと思う。

部屋に入り腰を落ち着けると、アスランは早速話しはじめた。
会議の隙間をねらってカガリに呼び出されたと思えば、彼女はアスランとキラにプラントの駐在武官になることを“提案”してきた、と説明する。キラは少なからず驚いて「何それ!」と声高にいった。
「一応本人の意思を尊重するといってるが……」
キラの予想以上の反応に、アスランの声音が少しばかり遠慮がちな色になる。
「……それ、どういう段階? カガリが提案してるってだけ?」
「それを受けてラクスとマルキオ様がどういう判断をするかは、判らない」
新しく始まる両国の関係にあわせて、来年からのプラント駐在官を一新することになっていた。現在、ラクスとマルキオのあいだでそのメンバーを調整しているが、平和条約や軍事同盟締結の準備に関わるため、来月の始めには人員リストを確定しなくてはならない状況にある。カガリの思いつきは、突然といえた。

「おれたちはプラントへいったほうがいいというんだ」

アスランのそのひとことでカガリの真意をキラは察した。
講和会議がすすんでいる中で、それに反発するブルーコスモスのテロ活動が、中立国を標榜するオーブ国内にも発生していた。オーブ──地球よりはプラントのほうが安全かもしれない、と考えているのだ。
それは単純に、コーディネイターであること以外に、キラのその出自が明るみに出たときの懸念が含まれているのだろう。
過去、ブルーコスモスの手によってキラの肉親は暗殺された。それはキラの存在所以で、当然彼もその標的であった。彼らがキラの生存を知れば、再びその魔手を伸ばすかもしれない……。
とくにアスランはプラントで、デュランダルやクルーゼ、タッド・エルスマンなど身近にいた者らが、秘されていたはずのキラのことを知っていた、という事実を見てきたために不安を抱いていた。
地球でも、彼が“最高のコーディネイター”として生を受けた者だとすでに知れているのではないか、あるいはすぐに知られてしまうのではないか──。
護衛官がつく身ではあるけれども、より安全な道があるのであればそれには従ったほうがいい、とアスランは考えている。
「アスラン…」
キラは難しい顔になる。彼の懸念は理解できるけれども、デュランダルとクルーゼが知っていたことは特殊な事情だ。今まで、ヴィア・ヒビキの実妹──カリダの元にいて、その正体が知れることなく狙われたことなどは終ぞなかった。
しかし、アスランの不安にその考えを返せば、彼はとつぜん激高した。
「いつまでも同じ状況だと、思い込んでる場合か!」
アスランがずっと心配してくれていることは知っている。ここへきて増えたブルーコスモス関連の報道を見るたびに、彼の眉間には深く皺が刻まれ、こっそりとキラに視線を送っていた。
「カガリの周りにいる人間の一部もおまえたちが姉弟だということは知ってる。そこから出生のことまでたどりつく者もいるかもしれない…。そしてそれがブルーコスモスに繋がる者ではないとはいいきれない。むこうだって調べをつけてるとは思わないのか?!」
当時の追い手を逃れることができたのは、同時期にカリダが流産していたという偶然と、その後のウズミによる入念な手配のおかげともいえた。キラはカリダが流さずに出産した実子として、フィジカルデータも含めた偽装登録がおこなわれている。
だが、それらの工作に多少の人間が関わっている。信用の置ける人選があったのだとしても、その中に心変わりのない者が百パーセントである可能性のないことは、事実ではあった。
確かに、キラには少しばかり呑気があったかもしれない。しかし、キラを不愉快にしているのは、その現実とはずれたところにあった。
「そんなふうにがちがちに警戒ばかりしてちゃ、何もできないよアスラン。ぼくに自由はないの?」
「……キラ…!」
何をどういうふうにカガリから説得されたのか、アスランはすっかりその気になっている。キラは考える余裕も与えられず進められる話にかちんときていた。
「一方的だと思わない? それ以外の選択肢がないようないい方をして!」
迷惑だと表情に出してアスランを牽制する。心配されることは嬉しいが、それによって縛られるのも、いうことを聞かせようという態度もごめんだ。
「……………」
アスランは怒った顔のまま押し黙って、視線を逸らした。彼にはキラの気持ちなど充分に判っていた。

「……でも。ぼくはぼくでアスランにはプラントにいって欲しいって思ってるし、向こうにはラクスもいる。いってもいいよ」
深いため息のあと、突然折れたキラにアスランは、はっと顔をあげた。
「……キラ?」
キラも同様にアスランのことが心配なのだった。
自分の出自が明るみになっていないのであれば、むしろ彼のほうが危険な立場にいた。アスランはすでに暗殺のターゲットとなり、オーブにいたこの数年のあいだも何もなかったわけではなかった。
「アスラン。きみのことを思えば初めから同じ答えにたどりつくって知ってるけど、もう少しぼくに考えさせてくれてもいいんじゃないのかな」
アスランは仔犬のような顔になって「…すまない」といった。
キラは朝から溜めてきた気持ちが苛つきに変わるのを感じる。

───べつにもうこれで、許してあげてもいいけど…。