C.E.74 18 May

Scene オノゴロ島軍港・アークエンジェル

あまりにもその場所にそぐわない歓声と歌声が響く。
ここアークエンジェルの格納庫の一画には、会議用の広いテーブルがいくつか置かれ、そのうえにはパーティ用の準備がすっかりできあがっていた。その中でも中央にあるテーブルには、直径五十センチは越えていそうなバースディケーキがどっかりと場所を占めている。真っ白なデコレーションケーキの真ん中にはチョコレートとイチゴのソースで、「Happy Birthday Cagalli & Kira !!」と書かれていた。
「ありがとうみんな。今日は無礼講だからうんと楽しんでくれ!」
キラとカガリで肩を組みながらケーキのうえに並んだろうそくの火を吹き消すと、彼女は大声でその場に集った仲間たちにそう告げた。
今日、5月18日はふたりの誕生日だ。誕生日といえど通常とまったく変わらない一日を過ごしたが、その終わりにこうして「仲間」と呼べる人たちが自分たちのために集まってくれたこと、祝ってくれること、それらの思いに、疲れは一気に吹き飛んだ。
そして、自分と同様に心から喜んでいるカガリを見て、キラは嬉しかった。停戦してから、疲れも見せず頑張り続けているカガリを頼もしく誇りに思っていたけれど、肩書きを置いて微笑む姿を見ることもずっとなかったのだから。
「なんだかんだと七十人はきちゃったかしらね」
「おおむね三隻の元クルーですけどね」
傍にいたマリューと会話する。その横にはムウが立ち、さらにはさきほどからその人数に面食らった表情をしているバルトフェルドもいた。
アスランは、いつものようにキラの隣にいる。
「これでもあんまり集めないでっていってたんだけどね…」
「はは、このふたりの誕生会でよくこの人数でおさまったってところでしょ」
ムウが少し呆れた声でこぼすと、バルトフェルドが苦笑しながらフォローした。
「それにしても、ほんとにここ使ってよかったのかしら? わたし冗談のつもりだったんだけど…」
アークエンジェルでバースディパーティをしようといったのは、マリューの提案だった。
「カガリがいるんだから、それはもう何でもありなんじゃないマリューさん。そもそもカガリがいった条件に合うとこっていったら、ここしか思いつかないし…」
キラのことばに、「条件?」とアスランが訊く。
「緊急時すぐ動けるように軍施設内のどこか、でもさわいでても誰にも怒られない閉鎖された場所。で、食事が用意できる…でしょ。それから酔いつぶれた人がでてもテキトーに休ませられるところがあって…」
「なるほど」
アスランはさきほどから極端に口数が少ない。こういう場ではそこにいる人が多ければ多いほど無口が進行する。人が多いとみずから口を開かずとも誰かがしゃべってくれているので、彼は聞き役に徹するのが常だった。


「キラおめでと〜〜」
ミリアリア・ハウとサイ・アーガイルがばたばたとキラの傍まで駆け寄ってきた。
「ミリィ、サイ。ありがと」
キラをふたりに強奪され、途端に所在なくなったアスランのところへは、メイリン・ホークが寄ってきた。
メイリンは実はさきほどからそのタイミングを窺っていた。アスランは気がつきもしないが、キラとアスランが並んでいるときには、メイリンは彼らの傍にいかないようにしている。それは以前、ザフトから飛び出しアークエンジェルに匿われていたころに、ミリアリアにいわれたことが習慣になり残っているのだった。
ふたりは基本的によく並んでいるので、なかなかアスランと話す機会を得られない。仕事中とは違う席で、アスランにもう一度礼をいいたい、とメイリンは考えていた。
仕事には慣れたか、とアスランが訊いてくる。
「はい。簡単な事務処理だけですから」
「きみの力を発揮できる場所じゃなくて申し訳ないんだけど」
おっとりしているように見えて、ミネルバのブリッジクルーで情報学のエキスパートだ。いくらなんでも事務職はもったいない。
「まさか軍のお仕事を紹介していただけると思ってませんでしたから」
「きみをプラントに帰す動きもとっているから。あくまでオーブは“仮住まい”だろ。それらの事情を考慮してカガリが決めたことだ」
そういいながらも、その決定に助言したのはアスランだということをメイリンは知っている。
「はい、本当に。わたしのようなものにまで細かく考えてくださって。おまけにプライベートなパーティにも誘っていただいて」
ほんとに嬉しいです、とメイリンは微笑んで「本当に、ありがとうございます、いろいろなこと」といった。
───本心では不安もあるだろうに。
メイリンのこれからのことは、まだ明確ではない。できる限り尽力しなくては、とメイリンの笑顔を見ながらアスランは思った。


「それにしてもサイがオーブ軍にいるとは思わなかった」
キラがそのことを知ったのは、実は今日この日だ。サイは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦からオーブにもどったあとカレッジに入学し直し、情報処理関連の勉強を積んでからオーブ軍に志願した。半年前のことだったらしい。彼の所属は宇宙軍の通信技術局だ。
ミリアリアもやはり退役することなく、統合軍の統合本部広報局に勤務している。それぞれの分野で、彼らも「できること」を進めているのだ。
「また前線で一緒に仕事することはないでしょうけど」
「うん、それでいいよ。ていうかもう誰も前線にいくようなことになんか、ならなければいいことなんだけどね」
亡くしたともだちを思い、痛みを滲ませた表情を微かに表してキラはいった。
「そのために頑張ってるんだなキラは」
キラが何もかも、背負っていこうとしていることをサイもミリアリアも知っている。彼はそんなことないよ、といつも否定するけれども。

思えば、ヘリオポリスのカレッジにいたときから彼はそうなのだ。
ヘリオポリスはオーブ領のコロニーだった。コロニーといえば自然とコーディネイターの人口比率があがるが、それでもオーブ国民からなるその市民は、ナチュラルのほうがその数の多くを占めていた。
その中にあって、ヘリオポリスのカレッジは若く柔軟な思考を持つ若者たちが集っていたのでゆるい雰囲気があり、差別的な諍いを見ることもまったくといっていいほどなかった。自分たちもキラとの違いなどほとんど気にすることもなく、だからこそ仲のよい友人を続けていたと思う。
だがキラは、コーディネイターである自分が相応する負荷を受けようとする節があった。
ミリアリアは何度彼に、そのままではいつかキラが保たなくなる、と説教したかしれない。結果としてヤキン・ドゥーエ戦役では過重に耐えきれず、つぶれる寸前にまでなったこともある。
だが、こうして気がついてみるとキラは相変わらずなのだ。これは自身がナチュラルの中にあってコーディネイターだから、という気負いではなく、性格なのだ。だとすれば、止まることもないだろう。
友としては、せめてその重荷が軽くなるよう手を貸しながら見守るしかない。
「良いほうにいったり悪いほうにいったり。いろいろだけど。でも、ぼくにもできることは、やっぱりあるんだよね」
諦めたような口ぶりで明るくいうキラの見えない心の奥を思って、サイとミリアリアは「いつでも助けるよ」と心の中で誓う。
「サイの話をきかせてよ」
「会うの自体久しぶりだからな。全部話せるかな」
「ここ朝まで貸し切りだからいいよ。全部話して!」
嬉しそうに瞳を輝かせるキラの笑顔は、誕生日プレゼントを受け取ったそれとまったく同じものだった。