みそかごころ

C.E.74 24 Jan

Scene オーブ軍港・アークエンジェル

何がといって、アスランの様子がおかしかった。
おかしかったというのも、おかしい。矛盾しているが、別におかしくはない、とも思う。ふだんと見た目には変わってはいない。
ただ、以前より雰囲気が柔かくなり、キラとふたりでいるときにそれはより強調された。
視線を感じることも多くなり、気がついて目を合わせれば優しく微笑みかけられた。こういう雰囲気はどこかで見た覚えがある、とキラは感じる。
───あれだ。公園とかでよく見かける。
砂場で遊ぶ小さい子供を、傍近くのベンチで温かく見守る母親のそれだ。思えば兄弟のように育った昔からキラのほうが弟役で、兄貴分のアスランに面倒をかけさせる立場だった。それが今に至り、アスランに母親モードが追加されたところで何ということもないとは思う。
しかし、とも思う。
あまりにも彼が視界に入りすぎる。べつにキラがその姿を追っているわけではない。…ともいいきれないが。とにかく彼のほうがキラの視界に入りたがっているのが判る。キラはキラで彼から目が離せなくなっているので、どうも状況はエスカレート気味だ。
ふたりの互いを思う感情は、今や恋情といっても過言ではなかった。実際にキラはそう自覚して、もうアスランの傍を離れられなくなっている。自覚していることを別にすれば、アスランも同じ気持ちでいるのは判っていた。
だが、アスランはカガリと恋愛中のはず、なのだ。アークエンジェルにアスランがもどってから、彼らの距離を少し感じてはいるが、だからといって恋人関係が終わったとは思っていない。
キラとしては、アスランが倖せになってくれればそれでいいので、自分たちの恋愛に実りがあろうがなかろうが関係のない話だった。もちろん、そうなれば何か新しい至福があるのだろうが、キラはカガリの倖せも同様に大切であったので、大切な彼らの破局を望む心はどこにもなかった。

───複雑すぎる。

すっかり開き直っている自分が抱えている想いは単純そのもののような気もするが、いろいろな要因が絡まり合い、自分の周囲は混沌としていた。
ことにアスランは。
キスをしたり、ベッドへ入ってきたり、もういろいろと、度が過ぎているのじゃないかと思う。
食事のトレイを目の前にため息をこぼすと、たまたま正面に座っていたムウ──いや、ネオ・ロアノークがめざとく気がついた。
「なんだい、悩みごとか?」
キラの正面に座るネオは、挟むテーブルに身を乗り出し、覗き込むようにして顔を近づけた。
キラにとって彼はムウ・ラ・フラガ以外の何者でもないのだが、当の本人は否定している。こうして年下の自分を気にかけて、世話を焼こうとするところは昔のそのままだ。それでも記憶が違ってるらしいというところの若干の距離は、逆にキラの口を軽くさせた。
「悩みっていうか。悩んでもしょうがないことで」
「まぁ、悩みってたいていそんなもんだけどな。…相談に乗ってやってもいいぞ? いってみれば?」
「……つまり、恋愛感情がうまくいかないな、って話、です」
恋愛と聞いてネオがさらに身を乗り出した。おれの得意分野だから任せなさい、といって、キラの告白を促す。
「お互いに想ってる気持ちがあっても、状況とかいろいろで、うまくいかないことって、あるでしょ……」
キラはトレイに目を落としたまま訥々と愚痴をこぼした。ネオに視線を合わせないのは、その内容に少しばかり恥ずかしさもあるからだ。恋愛相談など、これまで誰にもしたことはなかった。
目の前のネオは、キラのことばに「ふーん」と軽そうにつぶやいていった。
「それっておまえさんと、あのザフトの坊主のことか?」
ほら、ムウはネオでもやっぱりアスランのことをそんなふうに呼ぶんだ──と考えて、次の瞬間にいわれたことの意味に気がつき、キラは多いに慌てた。
「えぇっ…?! ム、ムウさん?!」
「ネ・オ・ロ・ア・ノー・ク」
諦めのわるいいい直しは華麗にスルーして、キラは「なんで…」とうろたえたままでいる。ネオ自身もそれ以上自分のことにはこだわらず、話を続けた。
「なんだよ、違うのか?」
ここで否定でも何でもごまかすことはいくらでもあっただろうと思うが、あまりにあっさりとした確認にキラはもうそうする気力がなく、素直に認めてしまった。
「……いつから、気がついてました?」
「判るさ。医療室でずっと見てたからな。…暇だったし」
ネオ、いや、ムウの、相変わらずの洞察力のよさに正直にキラは驚いた。得意分野というだけのことはある。
「のんびりやれば? よく知らないけど、何年もともだちやってんでしょ、あんたら。今更慌てる必要、ないんじゃないの」
「……はぁ…」
「ああでも。オーブの代表のお嬢ちゃんとはどうなってるわけ? 関係はね、ちゃんと整理したほうがいいよ。そこだけはいってやりなよ、あの王子様にさ」
いえるわけがない。自覚のない本人になど。しかしそれは別にして、ネオに話したことでいくらか心は軽くなった。
「ありがとうございます、……ネオさん」
「礼をいわれるような話じゃなかったけどな?」
キラがめずらしくネオと呼んだことに満悦なのか、機嫌よさそうにキラの頭をぐりぐりと撫でた。
そのとき、アスランが遅れて食堂に入ってきた。
すぐにキラと目を合わせ、そこにいくから待っていて、と微笑んだ瞳で訴え、ランチのトレイを取りにいく。
その様子をキラと一緒に見ていたネオが笑いながら立ち上がって、まぁ頑張れよ、とキラの頭にもう一度手をぽんと置いて去っていった。入れ替わりにきたアスランが「何を頑張るんだ?」と訊ねてくる。
「べつに何をってこともね。ただの挨拶…」
ごまかしていうと、そうか、とだけいってキラの隣で食事をはじめた。キラはすでに食べ終わっていたが、そのまま席を立たずアスランにつきあう。こうしたことをひとつ考えてみても、周囲から見れば、なんだかなぁと思うことなのだろうと、キラには判っては、いるのだが。

─End─